先日、火星探査機マーズ・オデッセイの観測によって、火星の南極付近の地下浅いところに大量の氷が存在していることが明らかになりました。 発表によると、地表1m程度の浅いところに、質量比で20パーセントから50パーセントの量を占める氷があり、これは予想をはるかに上回る量でした。この結果は、かつて火星に海があり、生命が存在していた可能性を高めることとなりました。

このニュースを聞き、何故か無性に昔読んだ、レイ・ブラッドベリの『火星年代記』を読みたくなりました。

レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)はSF抒情詩人と呼ばれるアメリカの現代作家です。彼の作品はどれも詩的で美しい文体で書かれ、所謂SF小説の持つ硬質感はありません。しんみりとして比喩的な情景描写や隠喩を含む登場人物のセリフは、読んでいて夢を見ているような気分になります。

『火星年代記』(The Martian Chronicles)は、13の短編を短い詩的な散文でつなげた連鎖的な長編小説です。物語は、1999年の冬に始まります。舞台は火星で、「酸素が多すぎ、生命の存在する可能性はない」と信じられていた地球から、一隻の宇宙船が到着します。その後、第2第3の探検隊も到着しますが、火星人はその都度、地球人を皆殺しにしてしまいます。その一年後、第4の探検隊が到着した時には、地球人から感染した水疱瘡によって火星人は大半が絶滅していました。 そして、地球人は火星に移住を始め、植民地を築き上げます。そして、かつて美しい文化を育んでいた火星に、地球人の古いしきたりや傲慢な考えを持ち込んでいきます。そんな折、地球では核戦争が勃発します。

物語を構成する各章はみな完成度が高く、ひとつひとつが立派な短編小説となれるものです。その中で、特に好きなのは『月は今でも明るいが』(And the Moon Be Still as Bright)です。ここに描かれる哲学的で悲しいストーリーは、この『抒情詩的幻想SF小説』のひとつの核となるものです。水疱瘡で絶滅してしまった火星人が、非常に優れた文化をもっていたと知った探索隊の一人である考古学者スペンダーは言います。
  
   「・・・火星でも、人間はあまりにも人間的になり、動物ではなくなりました。そこで火星人たちは、生き残るために、なぜ生きるのかというあのひとつの疑問を忘れることにしました。生そのものが答えなのです。生とは、さらに多くの生を生み出すことであり、よりよい生を生きることです。火星人は戦争と絶望のさなかに、『一体何故生きるのか』と考え、その答えが得られないことに気づいたのでした。しかし、ひとたび文化がおだやかなものになり、戦争が終わると、その疑問は新しい局面では無意味なものになりました。既に生はよきものであり、論争の必要は消滅していたのです。」

そして、最終章である『百万年ピクニック』の寂寥感溢れるラストシーンは悲しいけれど美しく、鳥肌がたつほどです。
この二つの章だけでも、ぜひご一読ください。

                             『火星年代記』(The Martian Chronicles) -レイ・ブラッドベリ /ハヤカワ文庫NV
レイ・ブラッドベリのその他のお勧め作品:

『たんぽぽのお酒』(DANDELION WINE)〈晶文社〉
「輝く夏の陽ざしの中、12歳の少年ダグラスはそよ風にのって走る。その多感な心に刻まれる数々の不思議な事件と黄金の夢…。「イメージの魔術師」と呼ばれるブラッドベリが描く少年ファンタジーの永遠の名作。」 

『何かが道をやってくる』 (SOMETHING WICKED THIS WAY COMES)〈創元SF文庫)
「ある年の万聖節前夜、ジムとウィルは、ともに13歳だった。そして彼らが一夜のうちにおとなになり、もはや永久に子供でなくなってしまったのは、その10月のある週のことだった。夜の町に訪れて来たカーニバルは、その回転木馬の進行につれて、時間は現在から過去へ、過去から未来へと変わり、それと同時に魔女や恐竜が徘徊する悪夢のような世界が現出する。」

『霧笛』(The Fog Horn)/『ウは宇宙船のウ』(R is for Rocket)/(創元SF文庫)
「……霧笛は、十五秒に一度ずつ、堅実に鳴っていた。
「動物が鳴いているみたいだな」とマックダンは自分で自分にうなずいた。「夜泣きをする大きな一匹動物さ。百億年という時間の果てのここに腰をおろし、おれはここにいる、おれはここにいる、と海の奥底に向かって呼びかける。すると海の奥底は返答をする。そうさ、海の奥底が返答をするんだ。……(中略)……一年のうちでいまごろなんだが」と彼は、霧に閉ざされた外の暗闇をじっと調べるように見つめながらいった。「この灯台におとずれてくるものがいるのだ」
 
                                                                        
──── 『霧笛』より(大西尹明 訳)