昨年、珍しくブータンの映画が上映されているというので、ブータン好きな私は早速観に行くことにしました。それは、『ザ・カップ 夢のアンテナ』と言う映画で、ヒマラヤの山々に囲まれたチベット仏教の僧院で、サッカーのワールドカップをTV観戦するために、少年僧たちが知恵を絞り奔走してゆくさまが暖かく描かれていて、ほんのりと心が温まる期待した以上に楽しい映画でした。

僧院の中というと、浮世離れした厳粛な世界を想像しますが、そこで修行する少年僧たちは普通の子供と全く変わらぬわんぱく坊主たちです。サッカーが大好きで、掃除中に見つけた空き缶でサッカーをして遊んでしまったり、お気に入りのサッカーシューズをはいていたり、僧服の下にロナウドのシャツを着ていたり。そんな彼らの楽しみは、テレビでのサッカーの試合観戦です。真夜中に僧院を抜け出して、テレビのある町の民家まで出かけてサッカー中継を観に行くのですが、ある日和尚さんに見つかり、外出禁止となってしまいます。しかし、ワールドカップの決勝戦は間近で、この4年に一度の貴重な試合を見逃すわけにも行きません。考えた挙句、少年僧たちは、テレビとアンテナを借りて僧院内で試合を観戦したいと和尚さんに申し出ます。そして、お許しをもらった彼らは、テレビとアンテナを借りるため、夢を叶えるために奔走します。

無邪気な少年たちの夢を描いているストーリー自体はとても単純ではあるものの、自らが高僧であり「生仏」でもあるケンツェ・ノルブ氏が監督をしているこの映画には、あちらこちらに仏教思想に基づくエピソードがちりばめられています。例えば、主人公の少年ウゲンがアンテナを借りるために、必ず返すという約束で仲間の少年ニマの大切な時計を担保に出してしまいます。しかし、ニマはその時計を一時でも手放した悲しさから、サッカーの試合も観ることができずに沈み込んでいます。そんなニマの様子を見たウゲンはあれほど楽しみにしていたサッカーの試合をそっちのけで時計を取り返そうと、自分の部屋に戻り、代わりの担保の足しにするため、大切なサッカーシューズや服やらを集めているところに、和尚さんが来て言います。「お前は商売が下手だな。きっといい僧侶になる。」

物語の最後は、仏教の珠玉の言葉で物語は締めくくられます。

大地を裸足で歩くと足が痛くなるが、そのために大地に皮を被せることはできない。
しかし足を皮で包めば、無限の地球を皮で包むことと同じことである。
同様に、この世の全ての敵を打ち負かすことはできないが、
自分の心の憎しみを解き放てば、それは全ての敵に打ち勝つことと同じになる。
この世の憎しみ、不安、悲しみ…。
それら煩悩は、己に執着するゆえに生み出される。
では、どのようにしたら己の執着を捨てることができるのか。
それには、森羅万象の中に己を空にして身を置き、他人を慈しむことだ。
他人を慈しむこと、それは、己の煩悩を捨て去ることと等しいことなのである。


『ザ・カップ 夢のアンテナ』
(1999年 ブータン = 豪)
監督・脚本: ケンツェ・ノルブ
製作:ジェレミー・トーマス
出演: ウゲン・トップゲン
    ネテン・チョックリン
    ジャムヤン・ロゥドゥ

ブータンのアルバム
確かに少年僧たちは好奇心旺盛で、元気いっぱいの普通の子供たちでした。
『シーズンチケット』
"Purely Belter" (2000年英)
監督・脚本: マーク・ハーマン
出演: クリス・ベアッティ
    グレッグ・マクレーン
    ティム・ヒーリー
    アラン・シアラー

サッカーフリークではない私でも、4年に一度のワールドカップは楽しなイベントのひとつです。1994年のアメリカで開催された第15回大会は、ワールドカップ史上最高となる356万7,000人の観客を動員。前回の1998年フランス大会では全試合の延べテレビ視聴者数が約331億人という驚異的な数字を記録しています。これは1996年アトランタ五輪の延べ視聴者数である約196億人をはるかにしのぐ数字です。フランス大会には日本代表が出場を果たしたことで、日本人も非常に高い関心を寄せました。日本代表戦の視聴率は軒並み高い数字となり、クロアチア戦では60.9%という驚異的な視聴率を記録しました。今年は一体何百億人の人がテレビの前で釘付けになるのでしょうか。

オリンピックを超える程の高い関心を集めるサッカーは、ボールひとつあれば成り立ってしまうとてもシンプルなスポーツです。色々な国を旅行していて、良く子供たちがサッカー(らしきもの?)をして遊んでいるのを目にしました。そんなサッカー大好きな少年たちを主人公とした、とても素敵な映画を二つ紹介させてください。
もうひとつの映画、『シーズンチケット』(原題は"Purely Belter"信じられないほどスバラシイ、というような意味です)は、サッカーの本場、イングランドのニューカッスルに住む二人の少年が、大好きなサッカーチーム、「ニューカッスル・ユナイテッド」のシーズン・チケットを手に入れるために悪戦苦闘する様を描いた、こちらもまた、切なくておかしくて心温まるイギリスの映画です。

学校にも行かず、人生の目標もなく、酒とドラッグとタバコに明け暮れるジェリーはとスーエルは、15歳にしてすでに社会のクズのような扱いを受けています。そんな彼らはボンヤリとタバコを吸いながら、ふと大好きなニューカッスル・ユナイテッドのシーズン・チケットを入手することを思いつきます。それは、サッカーの試合を観たいという気持ちと同時に、チケットを手に入れることによって、クズとしか扱ってくれない社会から敬意を得られるのではないかという思いもありました。シーズンチケットは一枚500ポンド、二人分で1000ポンドです。こうして、具体的な目標を得た彼らは、ドラッグやタバコを一切やめ、お金を貯めるために動き出します。ただし、彼らは決して改心をしてドラッグやタバコをやめたわけではないので、1000ポンドを稼ぐための手段は選びません。クズ拾いなどで働くと同時に、イカサマ商品を売ったり、万引きしたものを換金したり、果ては銀行強盗を企てたりします。はっきり言って反倫理的な描写ばかりなのですが、彼らの一途な様子を見ていると苦笑いをしつつも応援したくなってしまいます。そして、予想を裏切るラストシーンではとても暖かい気持ちになりました。感動で涙が溢れる…というのではありませんが、ほのかに幸せな気分になれるちょっと素敵な映画です。

『シーズンチケット』の原作は執筆当時28歳の教師であったジョナサン・タロッグで、彼の自らの経験を元に、失業率の高騰、社会の腐敗、子供の虐待、家庭内暴力と言ったイギリスの労働者階級の悲惨な環境をリアルに描いています。しかし、映画にはそういった暗さはあまり感じられません。監督のマーク・ハーマンは、このちょっと重たいストーリーに、ほのかな笑いと夢、そして気の利いたBGMを加えて、センスの良いさわやかな作品に仕立て上げました。

これら二つの映画の共通点は、サッカーもありますが、少年達の圧倒的な存在感です。夢に向かってきらきらと輝く少年たちは、無条件に魅力的で、自分がどこかに置き去ってしまった何かが一瞬胸に熱く蘇りました。